Research[研究]
本稿は2023年12月21日(木)長崎新聞掲載の寄稿原稿を再編集したものです。
時間栄養学とは?
皆さんは夜食べると太るということを一度は聞いたことがあると思います。私の身近な体験でも、塾に通うようになった息子が夕食を食べる時間帯が遅くなったころからふくよかな体形になっていった時がありました。これは食事のタイミングが体内時計に影響を及ぼす一例です。
栄養学の世界では、栄養素の「量」や「質」だけでなく食べる時間帯「いつ食べればよいか」も重要視されており、一般的にこの学問を「時間栄養学」と呼んでいます。今回は、この時間栄養学に関して、ながさきBLUEエコノミーで取り組んでいる魚の生理を考えた研究について紹介します。
日周リズムと摂食リズム
生体内では、毎朝、目から入る光を浴びて中枢時計遺伝子が時計の針を朝に合わせて24時間の日周リズムを刻んでいます。一方、光が届かない筋肉や肝臓などの抹消組織においても、日周リズムが刻まれています。これらの組織では光ではなく摂食リズムにより調節されています。
規則的な食事は体内時計のリズムを同調させて、規則正しい振幅となりますが、不規則な食事はリズムを弱め、代謝障害を引き起こすことが知られています。つまり、食事のタイミングが不規則(夜食べる)になってくると太るといった仕組みです。
私たちはこれまでに淡水モデル魚やシマアジ、トラフグの筋肉や肝臓において、時計遺伝子が決まった時刻に増減することを見出しました。これは、魚類も哺乳類同様に24時間の振幅が生み出され、日周リズムを刻んでいるということを意味します。そこで、摂餌のタイミングを変えるだけの生理学的な手法で魚の成長や体格増重そしておいしさの一因である脂質含量をコントロールできるのではないかと考えました。
実際に、これら日周性の特徴を基に飼育実験を行った結果、暗期給餌群(暗くなる直前に給餌)が明期給餌群(明るくなった直後に給餌)に比べ、肥満度であるBMIが高く、筋肉や血液中の脂肪量が増加していました。これらの知見は、魚の生理を考えた摂餌のタイミングで肉質を変えることができる可能性を示しています。
魚の生理を利用した養殖
一般的に、養殖成魚の給餌回数や給餌時間帯は養殖業者間で異なっており、養殖業者に依存しています。そこで、例えば、出荷前に栄養素に富む飼料を多量に養殖魚に給餌させるのではなく、魚に本来備わっている生理機能を利用し、摂餌のタイミングを変えることで、脂質含量をコントロールした良質な養殖魚の開発にも繋がるのではないかと考えています。
加えて、魚の生理を考えた給餌法は、このシリーズ第7回(10月19日)で取り上げられました食資源(魚粉)の浪費防止や過剰な給餌による環境負荷による魚類養殖場の水質悪化を防ぐことにも繋がります。これは環境に配慮した養殖法ともいえるでしょう。
現在、ながさきBLUEエコノミー のプロジェクトでは、「JAPAN鰤」を対象とし、魚の生理を考えた給餌「いつ食べさせればよいか」について時間栄養学的アプローチを進めています。
研究者情報
長崎大学海洋未来イノベーション機構准教授
ながさきBLUEエコノミー研究開発課題メンバー
平坂勝也(ひらさか かつや)