Research[研究]

第6回 種苗の安定供給がミッション

研究 2023/09/15

本稿は2023年9月21日(木)長崎新聞掲載の寄稿原稿を再編集したものです。

■ 阪倉良孝先生researchmap
  阪倉 良孝 (Yoshitaka Sakakura) – マイポータル – researchmap

完全養殖とは?

 このシリーズの第2回(5月18日)で、「ながさきBLUEエコノミー」の目玉の一つが「ブリの完全養殖」で、これを通じて「JAPAN鰤」を国内外に押し出すのだということが紹介されました。今回は、完全養殖のお話です。完全養殖とは、親魚から卵を採り、卵から孵化した仔魚(しぎょ)(赤ん坊)を稚魚(ちぎょ)(小中学生)、そして最終的な商品サイズである成魚(大人)まで全て人間の管理下で飼育することを指します。卵から稚魚までの飼育は「種苗生産」と呼ばれ、陸上の水槽で行います。

 種苗生産でできた種苗(稚魚)を海上のいけすに移して肥育するのですが、ここのところを見て養殖と呼んでいる方が多いと思います。私の研究室の得意分野は種苗生産なのですが、種苗生産の重要性はなかなか伝わりにくく、よく理解して下さるのは子育て経験のある方々です。それは、種苗生産という技術の「物言わぬ魚の赤ちゃんを育てる」ところに共感してくださるからなのですね。

ブリの孵化仔魚(右下)と稚魚(筆者の掌の上の黄色い魚)。
孵化仔魚は4㍉未満で、種苗生産はこれをおよそ2カ月で稚魚まで育てる

種苗生産の根幹

 海産魚の多くは卵の大きさが1 mmくらいです。明太子でイメージできるでしょうか。卵から孵化した仔魚の大きさは3 mm前後です。しらす干しのイワシの仔魚よりもずっと小さいです。この孵化仔魚を50 mmくらいの大きさの稚魚(種苗)に育て上げます。魚種にもよりますが、種苗生産の期間は1~2ヶ月で、この間は、か弱い小さな仔魚を一日も早く大きく育てることが眼目です。私は種苗生産の根幹が餌の仕立てと環境の整備にあると考えています。

最適な飼育環境

 海産魚の仔魚は、動くものを視覚で餌として認識するため、キンギョの餌のような配合飼料を食べません。さらに、仔魚は消化器官が未発達で、仮に配合飼料を食べても消化できないのです。体長3 mmだった仔魚が成長しておよそ10 mm、発育段階が稚魚になると消化器官も発達し、初めて配合飼料に餌付かせることができます。マダイでも、長崎県が養殖生産トップを誇るトラフグでもクロマグロでも、種苗生産には人が培養したシオミズツボワムシ(ワムシ)という動物プランクトンをベビーフードとして与えます。これは日本独自の技術で、世界中が倣っている手法です。孵化仔魚から稚魚までのおよそ1ヶ月の間に、仔魚は数万匹のワムシを必要としますから、種苗生産には質のよい動物プランクトンを安定して培養することが必須条件です。また、魚種によって好みの餌の大きさもあるため、魚にあわせて必要な大きさ・量の動物プランクトンを安定培養することが大きなテーマです。  種苗生産の飼育環境のうち、私は水槽の流れに注目しています。仔魚は、流れが全くない環境でも、流れが強すぎてもうまく生き残ることができません。前者は仔魚と動物プランクトンが水槽内で違う場所に集まって仔魚が餌を食べられなくなるため、後者は流れが強すぎると仔魚が定位するのに消費するエネルギーが大きすぎるため、です。つまり、仔魚には弱すぎず強すぎずの「よい加減の流れ」があります。我々は「魚」で一括りにしていますが、よい加減は魚種によって大きく異なります。魚種ごとに最適な流れを作る通気量や水槽の形を明らかにして、必要な種苗を安定供給するのがミッションです。

研究者情報

長崎大学 水産学部 教授

水産学部長

阪倉 良孝(さかくら よしたか) 

関連リンク

「ながさきBLUEエコノミー」HP