浦上天主堂遺壁

爆心地公園の一角に、原爆により破壊された浦上天主堂の聖堂の壁の一部が移設されています。その無残な姿から、原爆のすさまじさや恐ろしさが伝わってきます。

核軍縮に特化した世界で
唯一の研究拠点

吉田 文彦
吉田 文彦
核兵器廃絶研究センター センター長 教授

2009年4月、米国大統領だったバラク・オバマ氏は、プラハで行った演説の中で“核のない世界”を目指すメッセージを発信しました。
これを受けて長崎大学は、核軍縮に特化した研究拠点の設置を目指します。
その後、2012年4月に誕生した研究拠点は、ミッションをより明確化するために「核兵器廃絶研究センター(RECNA=レクナ)」と名付けられました。  

核問題の専門家が集うRECNAでは、調査・研究に取り組むとともに、教育・人材育成にも力を注いでいます。
また、長崎県、長崎市、長崎大学の三者で核兵器廃絶長崎連絡協議会を設立。
市民社会へ情報発信を行い、ナガサキ・ユース代表団を指導する役割も担っています。

2022年4月、RECNAは10周年を迎えました。
奇しくも、ウクライナ侵攻など核をめぐるさまざまなニュースが、複雑に入り組んだ1年でした。
そして、長年の知己が相ついで鬼籍に入られ、被爆者の方々から直接お話を聞けなくなる時代がすぐそこに迫っている現実を目の当たりにもしました。
“長崎を最後の被爆地に”。重要なメッセージをどのように継承し、発展させていくのか。
次の10年に向けて、核軍縮の本質を見極めながら、RECNAの発信力を強める方法論を見出していきたいと考えています。

RECNAのミッションと
核軍縮の未来

[インタビュー]

ユースの活動を通して
見た世界
理想と現実の狭間で
核問題を考える

原田 怜奈
ナガサキ・ユース代表団 第6期生 多文化社会学部卒

原田さんは多文化社会学部で国際政治を学んでいた頃、ナガサキ・ユース代表団第6期生として活動しました。
社会人になった今、核問題に対してどのように向き合っているのでしょうか。

大学入学前は長崎の被爆の歴史について、どのようなイメージを持っていましたか。

怖いなぁ。普通の学生が持っているそんなイメージでした。 知識が伴うにつれて、客観的に物事が見えるようになりました。 戦争被爆したのは長崎と広島だけですが、世界中には核の被害に遭った人たちが他にもいる。 そして核兵器は必ずしも戦争の手段ではなく、政治の手段として使われていることも学びました。 問題はもっと複雑なんだなと思いました。

2018年にジュネーブで行われた核兵器不拡散条約(NPT)再検討会議に出席。各国の代表団の前でスピーチも行いました。
核兵器不拡散条約(NPT)再検討会議では、どのような経験をしましたか。

各国代表のスピーチを傍聴しました。 それだけでも勉強になりましたが、ユネスコやWHO、赤十字国際委員会など、さまざまな国際機関も訪問しました。 会議中には、各国の代表団と話をする時間もありましたが、アメリカなどの核保有国は、いち学生と対話はしてくれません。 当時の私は、核廃絶や市民社会の結束が大事だという立場でした。国際政治を研究する上では、より客観的な分析が必要だと思い、ユースの任期が終わった後ベルギーに留学しました。 大学を卒業後に進学した東京の大学院では、核廃絶を支援してはいるけれども、現実的に国際政治を見る先生の下でNATOに関する研究を深めました。 アメリカ側の視点など、核兵器保有国側の考えも勉強しました。今、NPTに参加したら、もっとたくさんのことを理解できるのかなと思います。

ベルギーは核兵器に対して、どのようなスタンスを取っているのでしょう。

アメリカと核シェアリング条約を結んでいます。 アメリカの核兵器を十数機、自国に配備していて、有事の際にはアメリカのコントロール下で使用できるようになっています。 国内にはNATO本部があり、核兵器が保管されている施設の前でデモが起きるなど、市民レベルでは核を廃絶しようという運動もあります。 政府と市民の間にはギャップが生まれていますが、ウクライナの件もありますし、そもそもロシアからの脅威を見過ごすことはできないでしょう。 核廃絶に踏み切るのは難しい状況なのかなと思います。 最近、日本でも核シェアリングに関する議論が出たと思います。 世界情勢を踏まえると、すぐに核兵器を無くすのは難しいかもしれません。答えは出ません。

勉強すればするほど答えは見つかりませんか。

そうですね。たとえば政治や政府が変わって、市民社会が核廃絶の方向に向いたとしても、トップ一人の考えで状況は簡単に変わるでしょう。 結局は人なんだなと思います。 一人一人のレベルで、核ってダメだよねって共通認識を持つしかない。 相手を知らないから攻撃ができるんだと思います。相手を知るためにも、本当に小さな単位からお互い歩み寄っていくしか、手段はないのかなと思います。

改めて核兵器問題について、いま何を考えますか。

状況はもっと難しくなっていると思います。ウクライナや北朝鮮のミサイル問題だけでも緊迫感は増していますし、核兵器も小型化して通常兵器として使いやすくするという案もあります。いつまた戦争中に核兵器が使われる状況になるか分かりません。使われてからでは遅いので、核兵器使用がいかにダメなのか規範を浸透させる。そして、そのような雰囲気を政治の中でも浸透させることが重要だと思います。日本も大事なプレイヤーになるのではないでしょうか。唯一の被爆国として、声を挙げていくべきだと思います。

留学先のベルギーでは、ヨーロッパやベルギーの歴史を学んだ原田さん。NATOに興味を持つきっかけになりました。
国際政治に対する、興味や関心を持ち続けているのですね。

はい。今はまだ今の場所で頑張りたいと思っていますが、何年後かには、またこの分野に戻りたいです。平和のアクションに関わる仕事や活動に、いつかまた携われたらと思っています。

これからのRECNAに何を期待しますか。

RECNAは核や国際政治、平和について考える、国内トップレベルのプラットフォームだと思います。これからもずっとそこにあり続けて欲しいです。

原田 怜奈
プロフィール はらだれな

長崎大学多文化社会学部を卒業後、一橋大学大学院に進学。NATOの核共有政策について研究。現在は楽天グループ株式会社に勤務。自社のIT系サービスを海外のITカンパニーに販売するチームに在籍。海外のセールス担当者とやりとりしながら、営業プロセスの管理業務を担当。

2023年 ナガサキ・ユース代表団

ナガサキ・ユース代表団第11期生の皆さん。

ナガサキ・ユース代表団とは、長崎県・長崎市・長崎大学の3者で構成された核兵器廃絶長崎連絡協議会が主催する人材育成プロジェクトです。
2022年12月、ナガサキ・ユース代表団第11期生メンバーの発表と任命式が行われ、現在、長崎大学や活水女子大学の学生あわせて7人が活動しています。
活動は任命式後からミーティング、年明けから基本的な知識の習得を目指す勉強会がスタート。
核軍縮・不拡散問題に関する国際会議への参加など、任期が終了する2023年8月まで充実した活動が続きます。
活動について、ユースの先輩である原田さんに聞きました。
「基本的な知識を学ぶための場は提供されますが、勉強会の内容やどんな人に会いたいのか、自分たちで考えてアポイントを取るなど、能動的な動きが求められます。
私たち6期生は、報告を兼ねた展示や全国各地での出前講座も行いました。
大学の勉強と並行して活動しますので大変ですが、自分自身の成長に必ずつながり、新しい分野への興味が生まれることもあります。
私にとってはそれがNATOであり、そして留学や大学院進学のきっかけになりました。
仲間の中には、サスティナビリティの分野に進んだ人やイギリスに留学した人もいます。
将来どんな仕事に就いても、ユースでの経験はきっと役立ちます。頑張ってください」。

[教育]

多角的な教育プログラムで
核問題に向き合う
すそ野を広げる

中村 桂子
中村 桂子
核兵器廃絶研究センター 准教授
「若い人たちが自分の頭で考えて動き、自信を持って新しいものを作っていく。そして長崎から動き出せば、たくさんの刺激が得られるはず。それをサポートするのがRECNAの役目」と中村先生。

長崎大学には教養教育の一環として、全学部生が履修できるモジュール科目があり、核関連の科目をRECNAの教員が担当しています。
また、多文化社会学部と大学院では、より専門性の高い授業を提供するなど、世界でも例を見ない、多角的な教育を実践しています。
授業を担当している中村先生の専門は、核軍縮および市民社会・核兵器廃絶。NGOでの経験を踏まえ、次世代を担う人材育成に情熱を注いでいます。

「長崎でどのように次世代の担い手を育てていくのか、人材育成は私自身が大切にしているテーマの一つです。核問題に対して周りが無関心な中、限られた人だけが声を挙げる世の中では、閉塞感はふくらむばかりです。より多くの若い人たちが、問題を自分事として捉え、真剣に取り組む世の中の流れを作るには、多文化社会学部やナガサキ・ユース代表団のような専門家を育てる教育と、すそ野を広げる教育の両方が重要です。それがRECNAの使命でもあります」。

中村先生は授業の冒頭で、核問題に対する自分自身の考えを学生たちに伝えます。
そうした上で、一人一人の自由な考え方を尊重するのだそうです。

「核兵器をめぐって世界の考え方が対立する中、良い悪いではなく、どのようにして平和を守っていくのか、その点を学生には問いかけていきます。色々な人とディスカッションを重ねることで、揺れに揺れながら考えるようになり、その結果、やっぱり日本は核抑止に頼った方がいいのではないかと、考える学生もたくさんいるんですよ。正解も不正解もありません。大事なのは自分で考えることです。自分の人生と核兵器問題は無関係だと思うのではなく、例えば環境問題や人権問題と同じようにすぐ隣にあるものだと、意識できるようになるだけでも構いません」。

じっくり人を育てることは、RECNAの重要なミッション。
一方、世界に目を向ければ、核兵器を取り巻く現実はますます厳しく、次の10年を歩むにあたり葛藤もあると中村先生は言います。
「長崎を最後の被爆地にという願いが破られる、まさに崖っぷちに世界は立っています。長崎にいる私たちに何ができるのか、世界から問われる10年になるでしょう。正直、焦りもある一方、やはりこれまでと変わらず、じっくり着実に若い人たちと向き合っていきたいと思っています」。

[研究]

核のない世界を目指して
軍縮と安全保障の
在り方を問う

西田 充
西田 充
多文化社会学部 兼 核兵器廃絶研究センター 教授

西田先生は長年、外務省で軍縮・不拡散専門官として活躍。
アメリカ、北朝鮮、中国、日本、韓国、ロシアによる外交会議「六カ国協議」で交渉団の一員を務めるなど、軍縮不拡散関係の業務に従事してきた核問題のエキスパートです。
多文化社会学部で調査・研究に取り組んでいる現在、どのような視点から軍縮問題にアプローチしているのでしょうか。西田先生のお話です。

「これまで軍縮と安全保障は、対立的な捉えられ方をしてきました。例えば、広島・長崎からの声も、基本的には、核兵器は悪いものだから無くすという倫理的な観点から発せられていると思います(もちろんそれは重要なことです)。その一方で、安全保障の世界では、軍縮は安全保障を害すものという認識が一般的に根強く、せいぜい安全保障を損なわない形での軍縮ならよいという、ネガティブな発想になってしまっています。現状のままでは、軍縮が国際政治や安全保障のメインストリームになるのは難しいでしょう。そこで、それぞれが対立するのではなく、安全保障を向上させるための軍縮とは何か、逆にして考えることで軍縮を有効な政策ツールに押し上げるアプローチで研究しています。具体的なテーマとしては、日本の安全保障に直接影響を及ぼす問題に取り組むことが先決ですので、中国や北朝鮮の核問題を抑えるためのツールとしての軍縮や、抑えた上で地域の核問題をどのように解決すべきか研究しています。こうしたアプローチも核のない世界に近づくのに貢献できるはずです」。

国際政治や外交・安全保障に留まらず、歴史、原子力、地域問題など、さまざまな要素が複雑に絡み合う軍縮問題。「研究にゴールはない」と先生は言います。そんな中、学生たちに伝えていることがあるそうです。

「研究する上で大切にして欲しいのは、核をなくすというパッションです。一方、調査・分析を行う時には、あるがままの事実を冷静に見ることが非常に重要だと伝えています。私自身、核問題に興味を持つきっかけになったのは、小学生の頃に読んだマンガ『はだしのゲン』と、修学旅行で訪れた長崎でバスガイドさんが歌ってくれた『原爆を許すまじ』でした。あの頃のパッションを忘れないよう、広島・長崎の被爆に関する歴史など、改めて学んでいきたいと思っています。また、国内外の政府関係者と話す機会には長崎の視点をインプットしていきたいと考えています」。

[研究]

世界的に評価が高まる
RECNA編集の国際学術誌

『Journal for Peace and Nuclear Disarmament』(J-PAND)は、長崎大学が発行している国際学術ジャーナル。編集をRECNAが担当、英国の伝統ある出版社であるTaylor&Francisから、年2回オンラインで刊行しています。同社が出版する核軍縮関連の学術誌の中では、J-PANDがアジア太平洋で唯一の存在です。2017年の創刊後、認知度や評価が次第に上がっており、アフリカ、南アジア、中東、ラテンアメリカ、韓国、オセアニアなど、世界各国の研究者が論文を投稿。核軍縮研究の拠点を目指す長崎大学の存在感を世界に示す、重要な役割を担っています。

被爆地の高校生に聞く
学びと平和への想い

活水高校平和学習部の皆さんに、平和学の授業と部の活動についてお話を伺いました。
活水高校平和学習部の皆さん。3月には外務省主催の「かけはしプロジェクト」に参加。9名がアメリカの高校生と現地で交流予定です。

教育・人材育成はRECNAが掲げる、重要なミッションの一つ。
大学内での取り組みに加えて、活水高校の平和学の授業では、核問題について高校生の皆さんに知識や考えを深める時間を提供しています。
戦後まもなく、東山手から爆心地に近い浦上の丘に移転した活水高校。
平和への祈りと行動の文化を培うスクールアイデンティティーは、どのように育まれているのでしょうか。活水高校平和学習部の皆さんに、平和学の授業について聞きました。

「印象に残っているのは、原爆投下は正しかったと考える人たちについて学んだ授業です。
そのように考える人たちが、アメリカには一定数いることは分かっていましたが、理由は知りませんでした。
戦争を終わらせるためという理由を知っても、正しいとは思いません。でも、世界にはそのような意見を持っている人もいるのだと、現実を理解できたことは良かったと思います」。

平和学習部は高校生1万人署名活動や他県の高校生との交流など、被爆地での学びを大切にしています。
さまざまな形でメッセージを発信する中、長崎原爆の日である8月9日には校内で行われる平和集会で同部の1年生が平和宣言を発表。
また、2021年には子どもたちの被爆証言を世界中に発信する「ふりそでプロジェクト」をスタートさせました。
プロジェクトは3年生が代々担当し、冊子からウェブへ発信ツールは拡大中です。

ピンチはチャンス。コロナ禍でオンライン交流という選択肢も増え、特に海外と交流できる可能性が広がりました。

このように部活として、平和学習に取り組んでいる学校は、全国でもほかに類を見ません。
だからこそ「長崎で学び、長崎から伝えることに意味がある」と皆さん。卒業生の中には、貴重な経験を機に長崎大学の多文化社会学部へ進学する人や、ナガサキ・ユース代表団に参加する人もいます。
今後の取り組みについて、部長を務める牧 沙也加さんに聞きました。
「今ロシアのウクライナ侵攻により、核の脅威に脅かされています。私たちの活動を通して原爆の実相を知ってもらい、特に若い世代にとって、核のない平和について考えるきっかけになってほしいです」。

Vol.81

2023年3月1日発行

「大学と地域の垣根を取り払う」をコンセプトに、長崎大学の思いや姿、描く未来などを共有し、
多くの皆さまに長崎大学へ関心をお寄せいただけるような広報紙を目指します。