Research[研究]
本稿は2024年12月19日(木)長崎新聞掲載の寄稿原稿(株式会社島津製作所)を再編集したものです。
電波が届かない水中での通信の実現を
私たちが日常で当たり前のように使っているスマートフォンやインターネットですが、海の中では事情が異なります。電波は水中でほとんど届かず、通信が難しいのです。このことが、海洋産業における課題の一つとなっています。
漁業では、高齢化や後継者不足、重労働、収入の不安定さといった課題に加え「海での通信の難しさ」も産業の発展を妨げています。陸上では、どこにいてもスマホで簡単に通信できますが、水中では電波が減衰し遠くまで届かないため通信することができず、画像や水温など必要な情報を送ることができません。そのため、音を使った長距離通信が使用されていますが、大容量データをリアルタイムで送ることはできません。
現在、水中ロボットの多くはケーブルで接続されていますが、海中を移動するときに流れの影響で抵抗が生じることや、他のケーブルとの絡まり、断線といった課題があります。こうした問題を解決するためには、ケーブル無しで大容量通信が可能な技術が必要です。もし実現すれば、ケーブル無しで水中ロボットを自由に動かせるようになります。
また、ロボットが収集したデータを陸上からリアルタイムで確認することや、養殖場の魚や海の状態を24時間監視できるようになります。これにより、遠隔操作や自動化が進み、作業が効率化されるでしょう。
大容量データ通信で変える海洋産業
こうした未来に向けて注目されている技術が「水中光無線通信装置」です。電波は水中では使えませんが、青や緑の光は水中での減衰が少ないため比較的遠くまで届くことができます。海が青く見えるのも、この性質が関係しています。
この装置は、青や緑の光を使って大容量データ通信を行う技術で、実は1960年代にアイデアが生まれていました。しかし、当時の光出力が小さかったため、実用化には至りませんでした。
それから半世紀以上がたち、さまざまな技術が進化してきました。その一つが半導体レーザーです。小型化や低消費電力化が進んだことで、水中ロボットにも搭載できるサイズの装置が開発可能となりました。
実際に海で使用する際には、水による減衰の他に、濁度など減衰に影響を与える要素が多く存在します。そこで、島津製作所では自然界のさまざまな環境下での光の減衰データを計測した上で、開発を進めてきました。2022年には長崎県の伊王島沖で試験を行い、20m以上の距離で20Mbps以上の通信が可能なことを確認し、高画質動画をリアルタイムに送信できることを実証しました。
もちろん、課題もあります。海中は状況が変わりやすい環境です。さらに長距離通信が必要な場合は、音を使った通信との併用(ハイブリッド化)なども検討が必要です。しかし、このような技術が実現すれば、海洋産業の効率化や発展に大きく寄与することでしょう。
このように、海中大容量データ通信技術の進化は、私たちが当たり前と思う「通信ができる環境」を海にも広げようとしています。海の未来を変える技術が、今まさに動き出しているのです。
執筆者情報
株式会社島津製作所
産業機械事業部 ジオサイエンス部
技術グループ 主任
末竹 哲也(すえたけ てつや)
関連リンク
長崎大学リレー講座特設サイト(島津製作所の講演動画配信中 視聴期限2025/3/31まで)