Research[研究]
本稿は2024年1月18日(木)長崎新聞掲載の寄稿原稿を再編集したものです。
ながさきBLUEエコノミー
長崎県の水産業は、1980年頃の最盛期に比べ生産量が約4分の1、生産金額が約2.5分の1に縮小しています。面積あたり海岸線長や県民一人あたり漁業者数が日本一大きい本県では、水産業の復興が地域再生の鍵を握ります。一方世界に目を向けると、シーフード需要は増加傾向にあり、ビジネスチャンスが拡大しています。
『ながさきBLUEエコノミー』は、水産業を基盤として地域を活性化するプロジェクトで、3つの大きなテーマを掲げて取り組んでいます。ここまでの連載で紹介されたように、テーマ1は大型の沖合養殖施設といった工学的技術開発、テーマ2は人工種苗生産やエサの改善などの生物学的な技術開発を通じて、ブリ養殖のスマート産業化を目指します。さらにテーマ3では社会経済的な仕組み作りに挑戦します。
地域ブランド化
日本の水産業が大きく衰退した理由の一つに、昭和の価値観を引きずったまま、食料の大量・安価な安定供給を求める消費ニーズに合わせたマーケットイン型の流通販売に、水産業が押し込められていることが挙げられます。
日本周辺の魚は一般に季節回遊を行いながら、餌を食べて育ち、産卵する生活周期を持っています。特に長崎県は天然魚の種類が豊富ですが、アラ(クエ)、ノドグロ(アカムツ)、シロアマダイなど超高級魚の大半は大都市に直接送られ、長崎の魅力として一般の方に知られる機会がほとんどありません。カステラやちゃんぽんだけでなく、季節の魚の豊かさをアピールし、地域自体をブランド化していくことが重要です。
地域をブランド化するためには、海と漁業が近くにある豊かな暮らしを我々自身が満喫し、その魅力を国内外に発信していくことが大切です。その意味で地産地消や伝統的な食文化の継承に力を入れます。
例えば、長崎のお正月には鮮やかな紅色のベンサシ(ヒメジ)の南蛮漬けを、節分には赤鬼を連想させるガッツ(カナガシラ)の煮付けを珍重する風習があり、季節感の演出だけでなく、雑魚の価格を引き上げ、漁業者さんの収入機会を増やす効果もあります。こうしたストーリー性まで含めて、地域の魅力を伝え伸ばしていきましょう。
良質な養殖魚から旬の魚、超高級魚まで水産物の魅力を活用するため、県外から訪れた方々が飲食やショッピングを楽しめる商業エリア『ながさきマルシェ』の構築や、大都市圏や海外の市場開拓に取り組むため、産官学連携を進めます。さらに、修学旅行、エコツーリズム、釣りなどを通じてリピーター、サポーターを増やす『海業』の展開も支援します。
人材育成の重要性
こうした地域振興を実践する上で不可欠なのは、地域の望ましい姿を思い描き、実現することができる人の力です。例えば、自動化された養殖場で社長とロボットだけが働き、獲れた魚を大都市や海外に供給するプランテーション的な漁村を作りたいと思う人は誰もいないでしょう。
それではどんな仕事や生活が望ましいか、地域に暮らす人々と一緒に考えて次の30年を創り出す人材を育てることが大学の使命です。出来上がった仕組みに固執することなく、環境や社会の変化に応じて新たな仕掛けを作り続けられる人こそが、地域の宝になると思います。
研究者情報
長崎大学水産学部教授
海洋未来イノベーション機構長補佐
清田雅史(きよた まさし)