Research[研究]
本稿は2023年8月17日(木)長崎新聞掲載の寄稿原稿を再編集したものです。
■ 日東製網ホームページ
漁網など無結節網のトップメーカー日東製網株式会社 (nittoseimo.co.jp)
なぜ沖合で養殖するのか?
ながさきBLUEエコノミー (nagasaki-u.ac.jp)では、沖合でブリを養殖する技術開発を進めています。そもそも、なぜ穏やかな湾内ではなく、波が高い沖合で養殖する必要があるのでしょうか。
その理由のひとつとして、国内の養殖に適した静穏な海域の多くは、すでに利用されているという点が挙げられます。水産物のさらなる増産のためには、湾外や沖合など既存の漁場よりも海象の厳しい海域へ養殖場を拡大しなければなりません。したがって、これまで養殖には適さないとされてきた海域でも、大規模かつ安定的に養殖を可能にする技術が求められています。また、近年では海洋環境への負荷の低減も重要視されています。静穏な海域では、沖合と比較すると海水交換が劣るため、食べ残した餌が堆積したり、病気が蔓延しやすい環境にあります。一方で、沖合は潮の流れがあり、海水の循環が良好なため、海を汚染することなく、自然に近い環境で魚を養殖できます。
しかし、沖合での養殖には課題もあります。従来の方法では、厳しい自然環境に施設が耐えられません。では、沖合で養殖するにはどのような技術革新が必要になるのでしょうか。
この課題を解決するために、魚を飼育した状態で沈められる「浮沈式いけす」の技術開発を行っています。水面下にいけすを沈めると、海面と比べて波の影響が格段に少なくなります。波が高い環境では、いけすを沈めることで養殖施設と飼育魚の両方の被害を未然に防ぐことが可能となります。
浮沈式いけすとは?
浮沈式いけすは、いけす上部で浮力となっているパイプ内の水と空気を置き換えることにより、浮力と沈降力をコントロールできる仕組みになっています。見た目は普通のいけすと同じですが、パイプに付属するバルブを開放することでパイプ内に水が自動的に流入して、いけすは海中に沈下します。沈下したいけすは、コンプレッサーでパイプ内に空気を入れることで海面に浮上します。いけす全体を沈下・浮上させる仕組みは特許技術になっています。
この技術は当初、台風対策として開発されました。台風が来る前にいけすを沈めることで被害を回避できます。しかし、現在は台風だけではなく、湾外や沖合といった海象条件の厳しい未利用海域での養殖や、沈めることで赤潮・濁水の被害を回避したり、紫外線による飼育魚の日焼けを防止したりといった多面的な効果も期待されています。
浮沈式いけすは、日本だけではなく、海外の台風被災地でも実用化されています。2013年にフィリピンでスーパー台風が発生し、死者・行方不明者7986人、約114万棟の家屋が損壊する甚大な被害をもたらしました。養殖業も壊滅的な被害を受け、被災地において日本の災害に強い養殖技術である浮沈式いけすが支援されました。以後、台風の被害を回避できたことから、現地の養殖業者に支持され、多くの雇用を創出して復興に貢献しています。
ながさきBLUEエコノミーでは、浮沈式いけすだけではなく、遠隔でのモニタリングや施設管理、給餌・出荷方法といった周辺技術も含めて、大規模かつ安定的な沖合養殖の実現に向けた技術開発を進めています。持続可能な沖合養殖システムで養殖されたブリが皆さんの食卓に上る日もそう遠くないでしょう。
研究者情報
長崎大学海洋未来イノベーション機構連携研究員
日東製網(株)技術部総合網研究課課長
細川 貴志(ほそかわ たかし)